★目に映るものの量が多すぎるんだよ。【vol.50】
以前Xで巻き起こった「清潔感」についての議論の中で、ある方がこんなことを言っていた。
「視覚情報を減らし、自然にはない状態まで整えると生まれるのが清潔感。実際きれいにしていること(例えば風呂に入り身体を洗う)は清潔で、よく手入れしている(例えば髪や髭を整える)と見た目で分かることが清潔感」
この「実際の清潔と清潔感は違う」という説はなるほどと頷きながら読んだけど、私がハッとなったのは「視覚情報を減らす」というワードの方だった。
元の話題とは関係なく、このワードは現代人にとって(というか私にとって)すごく大事かもしれん…と感じて以来、色々な場面で思い出してる。
あれもこれもと焦ったり、そのわりに1日大したことができてなかったり、人と比べて自分は…と凹んだり、息が詰まるような気持ちになる時って、おそらく「視覚情報多すぎ」状態に陥ってることが多いのだと思う。
清潔感の話題で出てきた視覚情報は「人から見た自分」だけど、こっちは「自分から見た、目の前や周りの景色」のはなし。
どんなに楽しいことでも、目の前にあまりにたくさんモノ(や情報)が並んでいると、ちょっと疲れてしまう。
あっ、これもよさそう!あれも行きたい!これいま決めなきゃだよなー。こっちとそっちどれにしよう?
まあとにかく気が散るよね。
楽しいことですらそれだから、楽しくないことだともう大変。
「優先順位がある」「これは今の自分と関係がない」というのは分かってはいても、見ちゃったものは頭に入ってくる。その欠片は自分に絡みついていく。
嫌になって現実逃避でSNSを眺めたとしても、それこそが絶え間なく飛び込んで来続ける視覚情報の波。感情はいちいちこまごま動く。
のんびり配信でも観るか…と思っても、そこにはおびただしい数のレコメンド。
ああ、視覚情報多すぎ。

だから無理やり減らさないとなんだな。
「考えることを手放す」というより、物理的に目にうつるものを減らす。