★誰かを覚えておくこと〜まつりとひつじ【vol.48】

しょんぼりすることも、何でや!!と思うことも多い日々だけど、元気にいくぞ。
近藤あゆみ 2026.07.07
誰でも

「銀河の一票」、皆さんご覧になってましたか?
ものすごくいいドラマだったので今週から一体どう過ごせば…みたいな虚脱感がある近藤です。
観てない方のためにすごく雑にあらすじを語ると、与党幹事長を父に持ち、自らも父の秘書を務めていた主人公・茉莉(まつり)が父からも家からも離れ、偶然出会ったスナックのママ・あかりと共に東京都知事選に打って出るお話です。ちょうど先週月曜が最終回でした。

それを観たあとすぐ、アマプラで映画「ひつじ探偵団」を観ました。こちらは、優しい飼い主(ヒュー・ジャックマン)が何者かに殺され、ひつじたち自ら犯人探しに奮闘するお話です。「愉快でちょっとおマヌケな珍道中かな」と思って観たら全然違って、観終わったあと「名作じゃねえか…」と唸ってしまいました。

今回は、この二つを観て共通するものを感じたおはなしです。
ネタバレ…というか肝要な部分に触れるので「これからまっさらな状態で観たい」という方は、ぜひ観終わってからお読みください!

「ひとりしかいない人」だった

「銀河の一票」最終回は予想を超えに超えてくる展開で素晴らしい点はたくさんありましたが、私が特に印象に残ったのは以下の場面です。

主人公・茉莉(黒木華)は都知事候補・月岡あかり(野呂佳代)チームとして、選挙戦を通して「誰も置いてゆかず誰のこともスルーしない、都民ひとりひとりの声を大切にする都政」という方針で進み続けました。
最終演説での「たった一人のあなたが放つ、たった一つの尊い光」というあかりの言葉。それに頷きながら茉莉は「自死した医大学部長」のことを思うのです(当初、茉莉はこの死にまつわる疑惑を選挙戦の切り札に使おうとしていた)。

ビルの屋上で彼が最後に目にしたかもしれない光景を見て、茉莉はこう言って泣きます。

「人が…一人しかいない人が、亡くなってました。
生まれて、ごはん食べたり、寝たり、笑ったり、泣いたり。
悪いことしたかもしれないけど、でも、ひとりぼっちで…死ぬしかないっていう気持ちで…。
最後にきれいな、きれいなもの見たかもしれないのに、それでも…。
それなのに私、『スキャンダル』とか『選挙に勝つカード』とか…全然、全然分かってなかった」


顔の見えない「都民」「庶民」とかいうくくりではなく、一人一人が多様な暮らしと悩みを抱えるかけがえのない人間である、という視点。ずっと、近しい人や有権者にまなざしていたそれを、最終回で「既に亡くなっている人」に向けたことに、私はまあまあの衝撃を受けたのです。

有権者をかたまりではなく個としてきちんと認識すること、認識していこう!と決めることは、いわば「光」です。「未来」とも言い換えられる。

だけど、初回から「過去に不審な死を遂げた人」として名が挙がっていたけど、顔もキャラクターも一切出てこない、言ってしまえば「よく知らない死者」を個として認識することは、「闇(ヤバい方という意味ではなく、文字通り光の当たらない場所)の中を確認することであり、「過去」を見つめることでもあります。

ドラマティカルにテンポよく進行するなら、光に満ち満ちた演説だけでも充分なところを、主人公を敢えてその「もはや過去となった、会ったこともない誰か」に向き合わせる展開に震えました。

「一人一人を大切にする」って、本来ここまで思いを馳せることなのかもしれない。
今ここに居る人、応えてもらいたい人、こちらの描く物語に登場できる人。そういう人だけじゃなく、もう居ない人、何も応えてはくれない人、忘れ去られた人。そういうところにも気持ちを向けるってこと。

覚えてるって、つらい

「ひつじ探偵団」はひつじたちが主人公ですが、彼らには「いやなことはすぐに忘れる」という特徴があります。

悲しいこと、しんどいことは、目を閉じて「1、2、3」とカウントしさえすれば、きれいさっぱりなかったことになる。だからひつじたちは、いつものんきで幸せに暮らせています。さらに彼らには「死」の概念もない。「死」というのは物語の中にだけあるもの。自分たちは「いつかお空の雲になれる」という認識です。

でもあるきっかけで、彼らのうちの一部は「忘れる」ことを止めます。大事な誰かが亡くなったという事実。そしてそれをそのまま覚えておくこと。「覚えている」ってあまりにつらい。そう呟いたリリーというひつじ。そこで群れの中で唯一、すべてを覚えているモップルというひつじが言うのです。

「そうだよ。悪いことも全部覚えてる。でも、いいことも覚えてるよ。
母さんの顔をちゃんと覚えてる。僕を愛してくれた昔の仲間のことも。
君も、(亡くなった)彼のことを覚えていられる。」

かたまりじゃなく、過ぎたことじゃなく

ああ、なんだかこの2つの作品はおんなじ話をしている。私はそう思いました。

前を向いて歩くこと。いまここにいる大切な人たちのことを見つめて心くばること。それは確かに素晴らしいことです。

でも「過ぎ去った人たち」「かたまりとして・または記号としてしか記憶されていない人たち」の群れを解きほぐして、かつて確かにそこに居た、確かに独自の人生を生きた「顔のあるひとり」としてちゃんと認識すること。そしてなるべく覚えておくこと。

これは(特に今の世の中で)けっこう必要なことではないだろうか。

例えば先の大戦で亡くなった人たちは「英霊」なんてかたまりじゃない。「死者○万人」という数字じゃない。一人一人が、やりたいことがあって、もっと生きたくて、死にたくなんてなかった人たち。それぞれ完全に別個の人たちだということ。

我が国が命を奪った他国の人たちもそう。そしていま現在、戦争や虐殺で殺された人も、命が危うい人もそう。もちろん、もっと自分の身近な人たちも。

そんなの個人で受け止めきれないよ!ってなるかもだけど、なるべく思いを馳せる。かたまりでサクッとスルーしない。個として覚えておく。真っ暗闇の中にいる、忘れ去られようとしている人のことを。

あらゆる情報とハックが秒単位で押し寄せてきて、ただでさえどんどん忘れていかないと自分がどこかに流されそうな現代。しかもこの国を運営している人たちは、私たちが「なるべく色々忘れてくれること」を切に望んでいます。どんどん誘導して、重ねていけば、すぐ忘れてくれるだろう。そう見くびられているのも確かです。

だからこそ、色々覚えておきたいと思うのです。顔のあるひとりとして、誰かがこの世にいた(または、今もいて苦しんでいる)ということを、なるべく細かく。
そんなふうに思いました。

ではまたね!

無料で「よそみのあゆみ」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら

誰でも
★自分の「キャラ化」。【vol.47】
誰でも
★文フリの気づきと、通販開始。【vol.46】
誰でも
★おしながきとものすごい配置図。【vol.45】
誰でも
★ペンラを振る日々。【vol.44】
誰でも
★さて、投票後の私たちは。【vol.43】
誰でも
★投票前にどうしても。【vol.42】
読者限定
★「私は私」って結局どうすりゃいいの。【vol.41】
誰でも
★私という属性には私しかいないので。【vol.40】