★私たちはクマか?【vol.32】

うおおおおーーごぶさたしてしまった!
近藤あゆみ 2025.08.10
誰でも

みなさんこんにちは。毎日布団乾燥機の中(しかもダニ退治モード)にいるみたいな気温ですが、元気に過ごしてますか?
私は初めてのZINEを作ったりして楽しく忙しく過ごしてはいたんですが、7月後半、少しメンタルが弱りました。原因は参院選です。

あの選挙戦からこっち、女性への差別的な発言に始まり、外国人排斥の気運、「日本人ファースト」とかいう謎スローガン、「お前は何人だ」など、出自で人間を差別しようとする風潮、非国民発言、歴史の否定…。そんなものが、まるでタガが外れたようにあちこちから噴出してきて、あまりの惨状に絶望し、「この人もあの人もなぜこんな言説を支持するんだろう」って考え込んでしまい、弱って泣きそうになってました。

今日はそこから派生したお話です。

愛されキャラだが線は超えるな

ちょうどその頃、クマが何度か住宅街に出没して人を襲ったニュースが流れていて、ぼんやり思ったのだ。

日本社会にとって、女は「里に降りてきたクマ」みたいなものかもしれない。外国人もおんなじ。


クマのことはみんな好き。キャラクターとしてぶっちぎりで愛されてる。物語の主役にもなる。リアルなクマに関しても、滅びればいいなんて思ってないし、山にいる分にはすこやかに生きてほしいと思う人がほとんどだと思う。

でも、クマが境界線を超えて人間社会の方に入ってくるのは非常に困る。リアルなクマだから、こちらの思惑通りには動いてくれないし、ほっといたらたぶん殺られる。人間側としては対処や処分が大変だ。
それと同じ心情を持たれているとしたら…。

女という存在自体も、愛され求められてる。子を産む性として必要とされてもいる。「可愛いorセクシーor優しい」キャラクターだったり、「山でおとなしく暮らしてる」分にはとっても愛でられる。

でも境界線を超えて社会のど真ん中にずかずか来て、権利を主張したりNOを言ったりされたら、ものすごく困るんだよな。これまでの男性中心で組み立ててきたシステムがうまく回らなくなるから。いちいち気を使ったり、変えていったりしなくちゃならないから。

本当はできるだけ、男性のサブとしてサポート役として、にこにこしてて欲しいなー。ギャーギャー主張したり、主役みたいに振る舞う女、むかつくよなー。

外国人に関しても、日本に感嘆してくれたり、遠慮ぎみに日本社会の空気を読んで存在する分には微笑ましいから許しましょう。でもやたら権利を主張したり、我が物顔でコミュニティを形成したりはしないでほしい。ガイジンはガイジンとして、境界線の外で暮らしてほしいなー。

……もしかして、こういうのが日本社会の(マジョリティの)ぶっちゃけた本音だったりしないだろうか?
でも進歩してゆく世界でさすがにそれは言えない。不満はつのる。「俺たちの許せる境界線を超えてくるんじゃねえよ…」という不満が。
それが今回の候補者や議員たちの暴論をきっかけに「あ、それ言っていいんだ」と噴き出したように思います。

うげー。そうだとしたら最悪である。

人里と山

じゃあその境界線って一体なにかと言うと。
私は田房永子さん(漫画家・ライター)の言う「A面」「B面」みたいなものではないかと思う。

ひとまず、↑この清田隆之さんとの対談記事が分かりやすいかもしれない。すごく示唆に富んだいい対談なのでぜひ読んでほしい。

女性は男性よりもA面(里)とB面(山)を頻繁に行ったり来たりしなくちゃいけないし、A面のど真ん中に陣取るのもあんまり歓迎されない。必ず「B面はどうしたんだ?そっちもちゃんとやってるのか?」みたいな問いをぶつけられる。

男性中心の社会では、そもそもB面は表に出さないもの、注力すべきではないもの、無償または安価なもの、そして、男以外の誰かがやってくれるもの。

選挙で「強い日本に」「日本を守る」と言う人や、国防や経済にしか目が向かない人たちは、だいたいA面しか頭にないように見える。「自分は俯瞰でものを見ているし理論的だ」と思ってるかもだけど、単に視野が限定されてるだけ。そりゃその方がきっぱりして単純な答えが出るよね。
そして「女の人はB面に優れた能力を発揮する生き物だから…男はかなわない」みたいなトンチキを言ったりする。あほか。

とにかく最近、クマ(である女や外国人)を山(B面)へ追い返したい風潮が強まってることに呆れおののいている。

だって私たち、実際はクマじゃなくて人間だから。

里(A面)は「健康で家と収入があり異性愛者である日本人男性」だけの陣地や居場所ではない。そして私たちはクマではないので、その勝手に引いた境界線をそろそろなくしてほしい。

思い通りにならなくて、お金やシステムではどうにかできない山(B面)は、実は誰にとっても等しく大事で、誰であってもちゃんと取り組まなきゃいけないことのはず。

この国は、山をほったらかしにしすぎたんじゃないだろうか。

そんなことを思いながら「パディントン」を観た。彼は不法移民。しかもクマ。英国人間社会のルールを知らず、しょっちゅう騒ぎを起こす。だけどものすごく礼儀正しくて可愛くて小さくて、しかも一頭しかいない。だから最後には愛されるの…?
またうーんと考え混んでしまった。

可愛くなくたって、社会にとって不都合だって、従来ルールからは異質だって、そこに居ていい社会になってほしい。いや、しなきゃいけない。私たちが。

ではまたね。

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